教養教育ピックアップ

教養科目の紹介:地域の産業を能動的に学ぶ「産業観光学」の魅力とは

地域連携推進機構地域連携戦略室 塩見 一三男 講師
インタビュアー:教養教育院 水谷 秀樹 准教授

「産業観光学」ではどのようなことが学べるのか

水谷 「産業観光学」という科目は内容的にも教え方にも特徴があり、きっと学生には魅力に映っていることだろうと思います。本日は塩見先生からこの科目の魅力を聞き出したいと思いますので、どうかよろしくお願いします。最初の質問は産業観光学ではどのようなことを学べるのでしょうか?

塩見 まず、授業を立ち上げた経緯・背景についてご説明します。こういう授業タイトルにしようと命名されたのは富山商工会議所の高木会頭です。富山商工会議所では『富山産業観光図鑑』を毎年発行しています。これを使って授業をやっていきたいということで、産業観光学という授業になりました。

富山商工会議所『富山産業観光図鑑』2022

 では、産業観光とはなにかについて説明します。この授業にゲストスピーカーとしてお招きしているJR東海の須田元社長は、「歴史的・文化的価値のある産業文化財(古い機械器具、工場遺構等のいわゆる産業遺産)、生産現場(工場・工房等)及び産業製品を観光資源とし、それらを通じてものづくりの心にふれるとともに、人的交流を促進する活動」とおっしゃっています。
 つまり、従来型の観光形態とは異なるニューツーリズムの一つとして、「地域の産業」を観光として見ていくという分野があるのではないかということです。
 世界では既にそういうものがあり、日本でも愛・地球博(2005年 愛知万博)の頃を契機として日本全体として産業観光を新たな観光の素材として使っていこうという動きがありました。この授業では観光政策を学ぶわけではありませんがこれが背景となっています。
 この授業は文部科学省のCOC+で創設された授業で、授業を通じて地方創生の意義を理解することに眼目をおいています。卒業後、東京に職を求めて東京一極集中が進むのではなくて、本学の場合であれば富山で就職してほしい、あるいは長野とか石川から来ている学生さんならば、故郷に戻って故郷のために何か仕事に関わっていただくための教養科目ということで開設されています。つまり、観光政策を学ぶのではなくて、あくまでも産業観光という切り口を通じて富山の魅力、地方の魅力を知るということがこの授業の特徴・目的になっています。

  

 *COC+とは「地(知)の拠点大学による地方創生推進事業」のことで、大学が地域再生・活性化の拠点となることを目指した取組のことです。

      

 次に具体的に「産業観光学」で何が学べるかをご説明します。産業とは人々が必要とする財、サービス、そしてそれを作り出す経済活動のことです。当然それは時代によって世の中が必要とする財やサービスの中身はどんどん変わっていきます。   
 富山県の産業を振り返ってみると、江戸時代の売薬からスタートして、そこから非常にダイナミックに産業が変わってきました。地域のイノベーションという考え方がありますが、富山の中で新しい産業が次々と生み出されていく、そのダイナミックな変遷をこの授業を通じて学びます。       
 富山の産業ってすごいな、面白いな、そんな風に思ってもらって富山のことを好きになってもらいたい。また、富山県だけではなくて、自分の故郷の産業に関心を持ってもらいたい。例えば長野から来た学生ならば、自分の故郷の例えば松本市の産業ってどうなのかとか、塩尻市の人は何で食べてきたか、何で暮らしてきたか、そういったものに関心を持ってもらうきっかけにしてもらえればと考えています。       
 産業観光学の授業の中ではあくまでもケーススタディとして富山県がどうやって新しい産業を生み出してきたのか、その変遷を学んでもらいます。富山県のように一つの県の中でこのようにダイナミックに変化しているところは他にあまりないと思います。       
 常に新しいことにチャレンジする、進取の気性という言葉がありますが、富山県は常に新しいものを生み出す、そういう気概を持って産業界・企業が取り組んでいる。こういうことを理解してもらい、触れてもらう。こういうことが授業で学べる内容になります。

富山商工会議所 『富山産業観光図鑑』 2022掲載のモノづくり富山の軌跡を巡る産業訪問コース。このコースは日本観光振興協会のHP「産業訪問 - 全国観るなび」でも紹介されている。

富山県の産業・観光の特徴や魅力とは

水谷 僕は出身が富山県ではないので、富山県の県民性に進取の気性というものは普段はあまり感じていなくて、どちらかといえば真面目で、控えめな印象です。でもこの授業の資料にあるような、売薬一つとってみてもそれは進取の気性の最たるものじゃないかなと思います。塩見先生はそういった進取の気性、富山県の県民性というようなところから、富山県の産業観光の特徴や魅力についてどんな風に捉えているのでしょうか。

塩見 私も実は富山県に来て4年目で、生まれは京都府で、その後、大学を卒業して東京で20数年間民間企業に勤めていました。水谷先生がおっしゃるように、富山県民の人付き合いはどちらかというと控えめであると感じるところはあります。しかし、産業については非常にダイナミックに変わってきています。
 私は地域経済とか地域産業に興味がありますので、富山の産業はとても面白いと感じています。例えば江戸時代の反魂丹という薬があり、それが富山の薬としてずっと続いてきていて経済活動には大きな変化はないのですが、明治になって西洋の薬が入ってきて、和漢薬が競合する形で少し苦境にたつのですが西洋の医学の知識も得ながら薬を創りつづけ、明治以降も薬は主要産業になります。
 その売薬資本家が銀行や電力開発に投資を行います。富山県の地形から生み出される豊富な水力を生かして電源開発に取り組み、その安い電力を活かした新しい産業が生まれます。その代表がアルミ産業です。戦後になりますと、国は全国総合開発計画に基づいて、地域産業集積を促す政策を展開していきますが、富山県では例えば新湊の港湾を整備して、その周辺に企業が進出した事にも繋がっています。   
 このように自然のポテンシャルを活かしたり、国の政策を活用したりと、その時々で先が見える人がいて、そういう先人の創意工夫があって産業がどんどん変わってくる。このあたりが非常に富山県の面白いところです。

水谷 先ほど、その地域の人々は何で食べてきたか、何で暮らしてきたのか、その地域の生き様のようなことを述べられていますが、富山県ではそれはどのように捉えられるのでしょうか。僕の印象では、富山県では農業、林業、漁業のような第一次産業が強い県で、工業よりはむしろ第一次産業なのですが、間違っていますか。

塩見 工業が弱いということはないと思います。大正の頃には、県内総生産額が第一次産業から第二次産業に切り替わったと言われています。

問題解決型学習PBLの教育手法について

水谷 産業観光学の授業では問題解決型学習(PBL)という教育手法が取り入れられていますけれども、具体的にどんな問題解決型学習を取り入れていらっしゃるのかお聞かせください。

塩見 授業で取り入れている問題解決型学習には2つあります。1つは『富山産業観光図鑑』に載っている施設の現地視察です。視察をしたときの履修生に課する課題は2つあり、現場に行ったからこそ分かるその施設の魅力的な写真を撮ることと、もう1つは現場に行ったからこそわかる不便さと、改善したほうがいいと思えるところ、つまりこの施設にはこういったところに問題があるので学生目線でこういうふうに変えたほうがいいのではないかということをレポートとして提出してもらいます。
 もう1つの問題解決型学習はグループワークです。15回の授業の内4回ほどで実施します。グループメンバーを固定して、そのメンバーで話し合って“1日で行ける産業観光のモデルコース”を作ってもらいます。そこでどういうターゲットを選ぶかを考え、選んだターゲットの産業観光の魅力は“食”なのか“ものづくり”なのか何なのかを自分たちで考えて、実際にそのコースで移動する時間や移動手段とかも考えて、モデルコースをプランニングして発表してもらいます。
 このように特定のテーマに対して学生たちがアウトプットを出すという授業を行っています。これ以外にもアクティブラーニングの授業手法として、クリッカーと呼ばれる端末を使用して授業の中で簡単なアンケートをとることや、毎回簡単なレポートを出してもらい、それを次の回の授業の時にフィードバックしながら、良かった点などの振り返りを全員で共有することや、90分の授業の後半に小グループで授業の内容について話しあって発表します。

水谷 先ほど学生目線で施設の問題点を探し、それに対してどう解決するかを提案するというお話がありましたが、その提案が実際に役立てられたという例はあるでしょうか。

塩見 学生から提出されたレポートを全部まとめて、富山商工会議所の高木会頭にお渡ししたところ、「非常に良いことを書いている」と言われて、該当の施設に提案していただいたことがあります。その中で、ある企業から、「非常に良いご指摘ありがとうございました。これを参考にしてサービスを心がけます。」と感謝されたという事例がありました。

水谷 なるほど。そういう事例が今後もまた出てくるかもしれないですね。実際にこのように役に立ったと事例があると、学生たちもやる気が違ってくるかもしれないですね。

塩見 そうですね。実際に産業観光施設の企業さんに学生と話し合う場に出てきてもらって、学生と一緒にどうしたらこの施設の魅力的になるのかを当事者と学生とで話し合って、プランニングして行くとか、将来的にはそのような授業ができると面白いのかなと思います。

「産業観光学」担当の塩見先生(左)とインタビュアーの水谷先生

「産業観光学」を履修した学生の変化・成長について

水谷 問題解決型授業(PBL)という教育手法を用いて実施される産業観光学の授業を履修した学生の様子を見て、塩見先生は学生の変化あるいは成長というものを感じられているでしょうか。

塩見 まず、現地視察で学生の変化を見ることができます。講義を聴くだけの座学の授業だけでは臨場感は伝わらないと思います。講義室で動画を流し、スライドで産業観光の写真を見せるといったことも行っているのですが、それは平坦な情報でしかありません。
 現場に行くと、たとえば誘導看板が無いのでどこから入っていいのか分からないとか、展示品を観ていくと、このコーナーにある展示品は一体何を言おうとしているのかがわからないとか、そういうまさに現地に行ってこそわかる気づきがあります。現地視察をした後にそのモデルコースを発表してもらうのですが、現地での気づきをモデルコースの中に盛り込んで、地に足のついた提案ができているなと思います。
 次に、グループワークで産業観光のモデルコースを作りますが、価値観の異なるグループメンバーの中でどういうテーマにするのかを決めていく過程で学生が成長していく様子が感じられます。一人だったら自分の好きなコースができます。
 例えば鉄道好きな子だったらそこにのめり込んでいくと思いますが、そうではないメンバーがいる中でどう折り合いを付けていくのか、妥協も必要になってきますよね。自分の意見だけ押し通すのではなく、相手の意見も聞きながらグループとしてまとめないといけない。そういうチームとして何かをやっていくところに、重要な気づきがあると思っております。

どのような学生を育てたいか、学生に要望したいこと

水谷 先ほど、学生の変化・成長というお話をいただきましたが、この授業を通してどのような学生を育てたいとお考えでしょうか。また、履修する学生、あるいは広く富山大学の学生に要望したいことはありますか?

塩見 その地域で人が生きて暮らしていくためには産業がないといけません。地域の仕事は時代と共にどんどん移り変わってきています。この授業を通じて、それぞれの地域で一体何で食べてきて、暮らしてきているのか、その仕事というのはどんなプロセスで生み出されてきたのか、そういったもの知っていただきたいと思います。
 富山大学には県外出身の学生が7割います。それぞれの自分の故郷はどういう生き様で、そこでの仕事を誰が作って今に至るのか、あるいは10年、20年後はどんな風になるのか、それを自分の目線で、自分ごととして考え直すきっかけになってくれればいいと考えています。

「産業観光学」を履修する学生にお薦めの一冊

水谷 最後の質問です。産業観光学を履修する学生に、是非読んで欲しいおすすめの一冊をご紹介いただければと思います。

塩見 ご紹介したい本は、私が4年前に産業観光学を担当する時に最初に参考にした図書で、富山の産業のことがわかりやすく解説されている本をいろいろ物色した中で見つけたものです。『富山湾読本:富山湾を知る42のクエスチョン』です。写真が豊富で、トピック毎に見開きで読み切れるような形でまとめられていて、とてもわかりやすいと思います。

藤井昭二、米原 寛、布村 昇 監修 『富山湾読本―富山湾を知る42のクエスチョン』 北日本新聞社 (2012)